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Osamu Matsuda

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2017
「みんなほんとはわかってる」

言葉にしづらいような複雑な感情を、既にある安易な言葉に当てはめても、人には中々伝わらない。
そんなの、「みんなほんとはわかってる」はずだ。
誰かが発明した主義主張に自分を委ね、他人に共感してもらえたとしても、それは本当に理解してもらったことにはならない。
そんなの、「みんなほんとはわかってる」はずだ。
変化を恐れ、現状を守り続けることに固執しても、報われることなどない。
そんなの、「みんなほんとはわかってる」はずだ。
しかし人間は、やっぱり完璧ではないから、「わかってる」のに様々な理由をつけては安易なカテゴライズに自らを投影してしまう。やがて何かに自分を重ね、自分にも他人にも無自覚にレッテルを貼り、変化することができなくなっていくのだ。
そんなの、「みんなほんとはわかってる」はずだ。
僕はもう、カテゴライズされたものに興味がわかない。
右翼だの左翼だの、メンヘラ、腐女子にオタクにヤンキー。
引きこもりに自虐に変態、トラウマ、使い古されたデザイン、見慣れたイメージ、
絵の具とキャンバスがもたらすファンタジー。
その他大勢お腹がいっぱい。
もはやインターネットが普通になった今では、何時間ネットサーフィンをしようと、探究心が満たされることはない。誰かがカテゴライズした海の底を、さまよっているだけだ。
カテゴライズされてないものが見たい。
まだ名前さえつけられていないものが見たい。
惰性のない、本能や初期衝動にこそ、人間の本質があるのだから。
カテゴライズの存在が見える限り、僕は道化を装って挑発する。
クソムカつく顔して全力で茶化し続ける。

「みんなほんとはわかってる」ことを「ぼくはほんとにわかってる」から。

2015
「何も深刻じゃない」

無常に感じる毎日も、世界で起こる数々の大問題も、
フィクションぐらいに思えばよい。

問題に対して知恵を絞りすぎ、首をしめていく節のある世界に対しては、
愚鈍さで臨めばよい。

現実を直視しすぎて狂うくらいなら、
現実を離れて笑うほうがよい。

僕が人生で学んだ全て。

何も深刻じゃない。

2014
「亡者の行進」

2014年現在、http://〜からはじまるインターネットの世界には、多くの死者が眠っている。記事はもちろんのこと、SNSやブログが、当事者が死んだ後も残り続けることが当たり前になってきた。特に目立つのは、死して尚、恒久的にさらし首状態の「悪人達」。そして賞賛のやまない「偉人達」である。
彼らを現実の展示空間に「召還」し、その存在を可視化する。そして、一方的な情報と思い込みによる世界の構築について考えたい。死後も、誰かの意志が書き込まれている存在であるネット上の「彼ら」を、僕は更に上書きして作品を構築する。その構築された作品にとっては、「真実」も「嘘」も重要ではない。更には「善」も「悪」も、作品を構築するための一要素でしかないのだ。
「インターネットに漂っている死者」とコラボレーションを行うことは、もはや「魔術」と言っていいのではないのだろうか。今後、僕だけでなく世界中でこの「魔術」が行われていく事になるだろう。その未来の世界は、やはり「真実」と「嘘」は重要ではなく、「善」と「悪」が、誰かによって極端にコントロールされた世界ではないだろうか。そんな世界でも僕は、笑いたいし笑わせたいのだ。
絶望の世界にいるはずの、新地にいた明るい女子達の流儀で。


 

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